6/19(水)らふな茶話会

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茶話会なんですけど、翌日には、孫が帰るということで・・・

皆さんに、しばしお別れ~ということで。

本当にかわいがっていただきました。


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この日は、当初私含め4名でのゆっくりとした茶話会でした。

わたし、「蓮尾」がなぜこんな性格なのか?

なぜ、こんなことをするようになったのか?

という話になり、私の幼少期からの環境を話していました。


自営業の家に育ったもので、

物心ついた時から、「仕事」の中で育ち、

また住み込みの「にいちゃん」がいる中で、

必然的に家事も仕事もしなければならない状況にあり、

それが当たり前でもありました。

母の助けになるように、仕事も家事も手伝っていたし、

忙しい母に代わって、祖母の介護も担っていました。


でも、それは当たり前のことのようにしていたし、

そのおかげで、結婚するときに料理や家事全般に

何も不安がありませんでした。


学生時代も家の仕事を手伝って、と言われ、

やってみたかった「バイト」もできず。


社会人になってようやく外で働きましたが、

家に仕事が忙しい時は、帰ってきてからも仕事を手伝っていました。


結婚するまで、ずっとそんな環境でしたから、

人見知りなんてものは、私にはありませんでしたし、

仕事での電話応対や事務仕事なんてのは、

普通に自分の生活の中にあったわけです。


その後結婚して、シンガポールで4年弱過ごしましたが、

その間も2度の出産をしました。

主人の会社の奥さんで、誰も向こうで出産した人がいなかった時代で、

「誰も産んでないなら、私が産んでみたら、あとに続くんじゃないの?」

というとっても軽い気持ちで現地での出産に臨みました。

出産したことがなかったので、何も知りませんでした。

とっても軽く考えていました。

今、いろいろなことを知っているだけに、怖いです。

娘なら、「戻っておいで」と言ったでしょう(笑)

若い、知らない、というのは恐ろしいものです・・・


ま、無事出産し、子供も育ったので、良かったのですが、

あの頃「産後鬱」になっていたな~と今、娘の子育てで辛い思いをしている姿を見て

思い出しています。母乳が出なくて、つらかったのですが、

誰にもそれを相談する人がいなくて。

子供を産めば、誰でもおっぱいなんて出るもんだと思っていましたから。

娘も子供が飲む量の方が多くて、でもそれがわからず、悩んでいました。

その時につけた私の「母子手帳」には、授乳のところに「人工」と記されていて、

「ほら、ミルクでもあんなに大きくそだったやろ?問題ないねん」

と長男が187センチで、好きなことをして、好きな職業についていることを

話しました。



母子手帳は、こうして娘に伝えるためのものだったのかななんて、

思っています。

今回、娘はとっても助産師でもある、当理事 南さんにお世話になりました。

母乳のこと、ママの心配をしてくれたのは、

産院の助産師ではなく、南さんでした。

とっても救われた、本当にいてくれてよかったと、

母乳を何度も絞って下さり、

心配事や不安、つらさを聞いてくださり、

娘が安心して子育てできるよう、サポートしてくれました。


メッセンジャーナースである南理事は、

がん患者や病気で悩み苦しむ人だけでなく、

自分の領域である「母性看護」の心と技で

母体の健康を守ってくれるんだな~と改めてそのすごさに

感謝しました。


こんな子育てに悩むママたちの話す場、相談できる場も

必要だな~と改めて感じています。



そして、この日の夕方、遅れて参加された方は、初めての方。

お悩みや不安をお持ちで、

いろんな話を伺いましたが、

随分とお話をされ、またみんなの話を聞かれ、

楽になられたようでした。


帰られてから、メールを頂きましたが、

ほっとされたようでした。




悩みは、人それぞれ。

話せる人や場所が本当にないんだな・・・と

つくづく思う毎日です。

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